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遺伝子は、変えられる。 あなたの人生を根本から変えるエピジェネティクスの真実 [ シャロン・モアレム ]

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感想(2件)

いよいよ、この章が最終章になります。

第11章 遺伝子と共に生きる

―6000の希少疾患に学ぶ「健康」の本当の意味―

《ゲノムは人生の伴奏者―問題があるまでその大事さに気づけない》

心臓の鼓動から、呼吸のたびに肺が拡張して空気を取り込むまで、日々の大部分の生物学的な営みとその遺伝学的な結果は、ひっそりと気づかれずに生じている。身体に大きな負担がかからなければ、自分の心臓は生まれる前から止まったことがないという事実を思い出すことはないだろう。

ゲノムはその人が暮らす環境に歩調を合わせて存在している。四六時中、遺伝子の発現と抑制を通して、必要とされる時期に必要とされるものを満たしているのだ。

何も問題が生じていないときには、僕らは、体内で遺伝子的な支えが働いていることや、休んでいる時にも身体は常時動き続けていることを、幸せにも全く考えずに過ごしている。これはいかにも残念なことだ。

《毛髪の欠如+静脈の拡張+むくみ+腎不全=?希少疾患患者ニコラスとの出会い》

この地球には、あなたと全く同じ人は一人としていない。しかし次の事ははっきりさせておこう。あなたは遺伝子的に唯一無二の存在だけれども(一卵性双生児は例外だが、その場合でもエピゲノムは大きく異なっている可能性が高い)、あなたに非常に似ている人ならたくさんいるのだ。

ニコラスは世界でも非常に稀な「寡毛症・リンパ浮腫・毛細血管拡張症候群(HLTS)」を抱えていた。輝く瞳を持ち、常に何かを熟考しているような顔つきをしているこのハンサムな少年は、思わずこちらもつられて笑顔を作ってしまうほど満面に笑みを浮かべることがあった。

毛髪の欠乏と皮膚の表面にうっすら現われている蜘蛛の巣のような静脈のふくらみは、命にかかわるものではない。だが、むくみは別問題だった。HLTSを抱えている人にとって、むくみはリンパ系の機能不全と考えられる継続的な症状として現れる。ニコラスは腎不全も患っており、それはHLTS患者にとって決して「正常」なことではなく、僕らはその謎の答えを求めて世界中を駆け回ることになった。

HLTSはSOX18(ソックス・エイティーン)という遺伝子の突然変異がもたらしていることが分かった。SOX18遺伝子は、組織の中や割れ目に漏れ出す過剰な水分を引き戻すメカニズムの発育を助けているのである。僕はこのSOX18の突然変異と腎不全の関連性の謎を解明するために、もう一つの冒険に旅立った。

《10億人に一人をもう一人探すという無謀な医学的冒険》

突然変異が特定できる患者に出会った時、その変異がオリジナルのものか、それとも遺伝したものなのかを知ることは有益であるだけでなく、時には患者の生死を分けることにもなる。そのため僕らが真っ先にやることの一つは、患者の両親のDNAを調べて、どちらかの親の突然変異が遺伝したのかどうか、知ることだ。

この点について調べることは、患者の両親の間に厄介で危険な口論をもたらしかねない。とりわけ発見された遺伝病が、当人以外にとっても生死にかかわるものである場合にはなおさらだ。ニコラスの場合、ひとつ悲劇的な事実があった。ニコラスが生まれた翌年、母親ジェンはまた妊娠した。だが妊娠7か月目にジェンの様態が悪化し、緊急手術をしたが、赤ちゃんを救う事が出来なかった。

亡くなった赤ちゃんのDNAを検査したところ、兄と同じSOX18遺伝子の変異を抱えていたのである。ぼくはニコラスの両親の片方の生殖細胞に突然変異があったのではないかと推測した。このタイプの遺伝パターン、つまり突然変異を持たない両親に、同じ遺伝子変異を持つ子供が二人以上生まれた場合、それは「生殖細胞系列モザイク現象」と呼ばれる。

僕らはさらに調査を進めた結果、ニコラスと同じ疾患を抱えている少数の人は、ホモ接合型の突然変異をSOX18遺伝子上に持っていた。つまりそういう人は変異遺伝子のコピーを二つ持っているのだ。しかしニコラスは一つしか持っていなかった。つまりニコラスはヘテロ接合型の突然変異をSOX18遺伝子上に持っていたことになる。他の「保有者」の両親も、みなヘテロ接合型で、ニコラスと同じように突然変異のコピーを1個だけしか持っていなかった。にもかかわらず彼らはHLTSを発症していなかった。このことは遺伝学的に正しく考えれば、ニコラスもHLTSを発症するはずがなかったことを意味する。

ニコラスの症例を見直すために、ニコラスの例外的な腎不全は、他の疾患、遺伝子的に近いけれどもHLTSとは異なる疾患が原因なのではないかと考えた。僕は答えを求めるまともな遺伝学者なら誰もがすることをした。世界中のできる限り多くの医学学会で発表しながら、ニコラスに似通った症状を持つ患者を診たことがあるという人が現れるのを待って。

ある晩遅く、一人で自分の診察室にいた時、PC画面から僕を見つめていた男性は、14歳のニコラスが38歳になった時の姿―いや、それはニコラスの38歳の分身だと誓ってもいい―そのものだった。二人とも同じ堂々とした、殆ど毛髪のない頭をして、アーモンド形の目も同じ、ふっくらとして赤く弓なりに沿った唇も同じ、そして何より、同じ種類の思慮深い顔つきをしていた―まるで二人とも同じ物質からできているかのように。

 

 

 

 

 

ありがたいことに、非常に複雑な医学ミステリーの解明に尽力している遺伝学者や医師は世界中にいる。そしてニコラスと同じ謎を追及していた献身的な医師と研究者のチームが全く違う大陸に存在していたのだ。信じられない低い確率にもかかわらず、彼らの患者、トマスも、HLTSを抱えていた。そして決定的なことに、彼も腎不全を抱え、腎臓の移植手術を受けていたのだった。

現在のところ、世界中でこの二人だけが持つ腎不全を含めた医学的経緯を持つようになった謎については、まだ解明されていない。

その後ニコラスは父親から腎臓をもらい順調に回復している。実際的な生活の質については、綿密な医学的管理と、多くの専門分野にわたる医師、研究者のチームによるケアによって向上している。

《6000もの希少疾患こそが、僕らの人生をよりよく変える》

今日、希少疾患は判明しているだけで6000種類を超えている。全部ひとまとめにすると、3000万人ものアメリカ人がその影響を被っていることになる。これはアメリカに住んでいる人のほぼ10人にひとり、あるいはネパールの全国民を上回る数に当たる。

希少疾患の研究は全ての人の役に立つ。既に僕らはSOX18遺伝子に突然変異のあるごく少数の人が、この遺伝子がリンパ系の構築に寄与する方法を教えてくれる例を見た。ニコラスとトマスが僕らを助けてくれるのもこの点だ。

がんの多くは、リンパ系を乗っ取り、それを通して身体中に広まる。このプロセスにSOX18遺伝子が関与する様子をマッピングすれば、特定のタイプのがん治療で切望されている新しいターゲットが提供できる。さらに、健康な腎臓を支援するSOX18遺伝子の役割についても教えてくれるかもしれない。

1882年、病理学の父ジェイムズ・パジェット医師は、希少疾患を抱える人々について「“珍しい”とか“運が悪い”などといった浅はかな考えや言葉で片づけてしまうのは恥ずべきことだ」と述べている。「そういう人の中に意味を持たない者など一人もいない。素晴らしい知識のきっかけを作ってくれない者など一人もいなのだ。もし我々が何故それは稀なのか、その稀な疾患は何故このタイミングで生じたのか、という問いに答えを出そうとするならば。」

《子供の背を少し伸ばすための成長ホルモン剤、その恐ろしすぎるリスク》

背が高いことには、それなりの利点がある。背の高い子は、いじめられる割合も低いし、スポーツ競技で試合に出場できるチャンスも多い。研究によると、長身の大人は背の低い大人に比べて、ステータスが高い仕事や権力のある仕事に就きやすく、平均的に言って背の低い同僚より高い給料を手にするという。

患者が小児専門の内分泌医を紹介される理由のうち、2番目に多いのが低身長―あるいはそう思い込んでいること―だという事の背景も、そこにある。僕らの世代では身長は実物財産だ。

著しい発育不全のある少数の子供が、遺伝子組み換え型成長ホルモン(GH)両方を使えるようになって50年以上経った今、親たちは子供の身長に実質的な影響を与えられること、そして理論的に子供の将来に有利な差をつけられる手段があることをはっきり認識するようになった。

今日、GH(ヒト成長ホルモンを人工的に作り出したもの)が治療用に処方される疾患のリストはますます長くなってきており、その中にはこれまで本書で見てきた疾患も含まれている。

プラダ―・ウィリー症候群(エピジェネティクスに関連付けられた最初のヒトの疾患)からヌーナン症候群(数年前にディナーの席で僕が家内の友人であるスーザンが患っていることを見抜いた疾患)まで、GHをそこここに注射することで効果が得られる人々が沢山いることを、研究者たちは見出しているのだ。

そうしたものの一部は非常に重篤な疾患で、病に悩む子供たちのニーズを満たすため、GHの投与は不可欠だ。けれども多くのケースでは、GHの投与(通常定期的に計画された注射による)は、身長の問題だけのために行われている。

GHが子供に対して使用することに関するあらゆる規制のハードルをクリアし、疫学調査でもGHを投与された子供たちにおけるがんリスクの増加が見出されていないなら、何故心配しなければならないのか?

その答えを出すには、身体が成長ホルモンの急増を感知すると分泌する、インスリン様成長因子1(IGF-1(アイジーエフ・ワン))と呼ばれる物質について考えてみるとわかりやすいだろう。IGF-1は身長の成長だけでなく、細胞の生存も促進する。

お子さんにGHの治療を受けさせる前に、次の事を考えてほしい。IGF-1はまた、アポトーシス、すなわち細胞の自殺を妨げると考えられているのだ。そして細胞群が自分勝手に行動し始めた場合には、危険な状態になりかねない。

今日、GH薬の市場は数十億ドルを下らない。そして製薬会社は毎年何百万ドルものマーケティング費用を投じて、大切な子供の背が低すぎるのではないかと心配する親たちに対し、本当の問題ではないかもしれないものに、高額な薬剤による介入が必要だと吹き込んでいるのだ。

《遺伝子が教えてくれる人生の秘訣》

僕は長い年月の間に、希少疾患を抱える素晴らしい人々に出会ってきた。とはいえ、どの人についても、その人になった気持ちが想像できるとは言えない。それは誰にもできないことだろう。

けれども医師と研究者という役割のおかげで、僕はユニークな視点を与えられてきた。実際それは、今まで会った中で最もタフな人たちの世界を近くで眺められる、とても見晴らしのいい場所だ。患者、両親、伴侶、兄弟姉妹。そうした人々は皆、我慢強さ、思いやり、身体的忍耐力、そして強い心が試される困難な診断内容を告げられても、信じられない程の不屈の勇気を示してきた。

こうした驚くべき患者や、気持ちを奮い立たせてくれる彼らの家族たちは、無数の他の疾患について診断を下し治療を行って病気を治す僕らを助けてくれる力を持っている。そういう人々の傍にいると、教えるよりもより多くのものを学ばせてもらう立場に自分がいることを気づかされる。僕らは皆そうした恩恵を受けているのだ。

なぜなら、稀な遺伝病を抱える全ての人の奥底に隠されていた秘密を、彼らが明かす気になってくれれば、それが治療に結び付き、いつか僕らの最後の一人までが救われる日がやってくるかもしれないからだ。

【この章で取り上げなかった他の項目】

  • 「医薬史最大のブロックバスター薬」誕生秘話

  • アルツハイマー病患者に光をもたらすことは出来るか?

  • 何故遺伝学者が「スーパー耐性菌」に効く新薬を発見できたのか?

  • ある病気と引き換えに、がんに対する免疫を備えられるとしたら?

著者からの最後のメッセージ

カリブ海の底から富士山の山頂まで、僕らは広大な領域を旅してきた。そしてその道のりで、遺伝子にドーピングされたスポーツ選手、驚くべき人間針刺し、昔の骨、そしてゲノムのハッキング問題に出会ってきた。

僕らはまた、遺伝子がいじめの記憶を簡単には忘れないこと、たった1種類の食べ物の違いが働きバチを女王バチに変えること、そして次の休暇で気を付けないと、ほんのちょっとの軽はずみな行動が、簡単にDNAを変えてしまう可能性があることを知った。

こうした例を通して見えてきたのは、遺伝が僕らの経験を変え、僕らの経験が異伝を変える姿だ。僕らの―そして地球というこの惑星に暮らす全ての生物にとって―生命のカギは柔軟さにある。そして本書で見てきたように、柔軟さの欠乏は、時に僕らの力を奪う予想外の手ごわい敵になる。

僕らが今見出しつつあるように、遺伝的強みとは、ただ自分より前の世代から渡された遺伝子を受け取ることによってしか得られないものではない。それは、自分が受け取ったもの、そして自分が与えるものを変えるチャンスからも生まれる。そしてそうする中で、僕らの人生の道のりは全く別のものになりうるのだ。

 

 

 

『 遺伝子は変えられる』から
2019-03-12 lucy.in.the.sky

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