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遺伝子は、変えられる。 あなたの人生を根本から変えるエピジェネティクスの真実 [ シャロン・モアレム ] 価格:1,944円 |
このサイトは『遺伝子は変えられる』という本の抜粋です。21世紀はAIもそうですが、「遺伝子」問題も避けて通ることができない時代になっています。「遺伝子」研究分野においては10年前のデータは過去の遺物であり、2年前のデータすらも古いものになっていきます。誰もが皆「遺伝子」について正しい知識を身につけなければならない時を迎えました。なぜなら、そのことが自分の身を守る唯一の手段になるからです。
この本には沢山の病名、遺伝子番号、遺伝子の働き、化学物質名などが出てきますが、そのまま転載します。(それぞれの着色は分かりやすくするために私が施したものであり、青色の文章は私の感想です。)
第8章 ぼくらはみんな「突然変異」を抱えてる
―シェルパ、剣呑み曲芸師、遺伝子にドーピングされたアスリートに見る「進化」と遺伝子の関係
《遺伝子にドーピングされたスキー選手》
エーロ・アンテロ・マンティランタがいる。1960年代、フィランドにオリンピック金メダルを3個もたらしたこの伝説的なクロスカントリー・スキー選手は、原発性家族性先天性赤血球増加症(PFCP)という遺伝病を抱えていた。言い換えると、彼の動脈と静脈には、生まれつき高いレベルの赤血球が循環していたということだ。このことは、有酸素運動競技に生まれつき強い遺伝子的優位性を持っていたことを意味する。
ターボチャージされた心血管というマンティランタの遺伝形質は、DNAのたった1個の変異がもたらしたものだ。この変異は、EPOの受容体であるタンパク質を作るテンプレートとして働く遺伝子にある。EPOR(イーポー・レセプター)として知られているこの遺伝子の中で、ヌクレオチド配列の第6002番にある筈のG(グアニン)が、マンティランタと彼の30人ほどの親族では、A(アデニン)に置き換わっているのだ。

マンティランタのゲノムに生じたこの0.00000003%の変異は、EPO(イーポー=エリスポエチン=赤血球生成促進因子)にとても感受性の高いタンパク質を作らせ、その結果普通よりずっと多い量の赤血球が産生されることになった。そう、EPOR遺伝子が作るタンパク質がマンティランタの血液に酸素量を50%増やすのは、数十億個のうちのたった1個の文字を変えるだけでよかったのだ。
人は誰でも、ゲノムの中にこうしたマイナーな1個の文字の変異、つまりヌクレオチドの変異を抱えている。そして、あなたが受け継いだものは、あなたの先祖の経験によって形作られてきたものだ。
《最速の人類進化の証「シェルパ遺伝子」》
シェルパはユニークな遺伝子を持つ。彼らは世界最高の山の頂上を目指す、世界中の登山家を助けるという危険な重荷を引き受けた。
アパ・シェルパは2013年の時点で(2017年の時点でも)世界最多登頂記録をもつ一人と共有しており、酸素吸入器を使用しないで登った回数も4回ある。
なぜ彼はエベレスト山を登ることが、そんなに得意だったのだろう。なぜシェルパたちは、高山という環境での暮らしに、あれほどよく順応することができたのだろうか?もうお分かりかも知れないが、この少数民族の一部は、彼らの人生に大きな違いをもたらすことになった、とても小さな遺伝子を受け継いでいるのだ。
その変異は、EPAS1(イーパス・ワン)と呼ばれる遺伝子の中にある。赤血球細胞をより多く作り出すのではなく、この特殊なシェルパ遺伝子は赤血球細胞を普通より少なく産生させ、EPOに対するシェルパの生物学的反応を鈍らせているように見える。つまり、周囲の大気から酸素を摂取することが困難になった時にも、体全体に十分な量の酸素を行きわたらせることができる能力を授けているのだ。

独特の遺伝子を持つ集団としては、シェルパは驚くほど若い集団と言える。彼らがチョモランマに移住したのは、おそらくコロンブスが後に北アメリカと呼ばれることになる大地に出発しようとしていた頃だろう。これは今まで記録された中で最速の人類進化の例であると確信している。
《「人間針刺しの大道芸人」が人類にもたらした信じられない程の恩恵とは》
感じている時にはそうは思えないかもしれないが、痛みは実は僕らを守ってくれるものなのだ。痛みは幼児期から成熟期までの成長を助け、より高度な意思決定能力を発達させるのに必要な、イエスかノーの基本的なフィードバックを提供してくれる。つまり、「これに触ったら痛いかな?おお、痛い。もう二度と触らないようにしよう」というふうに。
だが、こうしたことが生じるのは、身体が痛みのシグナルをある場所から次の場所へと伝達しているからだ。痛みのメッセージを細胞から細胞へ、そして脳へと伝達するのは、ある種のたんぱく質が担っている。
このことが分かったのは、SCN9A(エスシーエヌ・ナイン・エイ)という遺伝子にある変異がギャビーの疾患に関連のある稀な疾患「先天性無痛症」で見つかった時だった。
SCN9A遺伝子と痛みの伝達との関連性が見いだされたのは、ケンブリッジ医学研究協会の科学者たちが、パキスタンのラホールに住んでいた少年に関する報告を詳しく調べてみたときだった。
この少年は、痛みをこらえることにおいて超人間的な能力を持つと言われていた。そして痛みを感じないことを利用して、人間針刺しの大道芸人として日々の糧を得ていた。少年はあらゆる種類の鋭いもので体を傷つけても、剣を呑み込み、熱く燃える石炭の上を歩いても、全く動じなかった。そして地元の病院を訪れては、自ら付けたナイフの刺し傷を縫い合わせてもらっていた。
だが残念なことに、ケンブリッジの科学者たちがラホールに到着した時、少年は既に落命していた。14歳になる直前の事で、友人を感心させるためにビルから飛び降りたのだという。
僕はいつも、遺伝子コードとその発現におけるごく些細な変異が、どれだけ多岐にわたる影響をもたらすかに畏怖の念を覚える。
痛みについては、SCN9A遺伝子の発見の後研究が加速した。今では人生に様々な痛みをもたらす他の遺伝子が続々と見つかっている。(既に400種類にもなる。)これらすべての発見は、非常に近い将来、ある種の慢性痛の激烈さだけを抑えられるようになると期待される研究を導いている。
【この章で取り上げなかった他の項目】
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富士山で得た二重に屈辱的な教訓
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高山病にかかりやすい人とそうでない人がいるのは何故?
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痛みを感じない赤ちゃん、ギャビー
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受け継いだ遺伝子を知りつつ、振り回されずに生きる
お断わり:挿絵の挿入は私の方で行ったものです。
次の第9章へ続く。